獣医師評論【コラム】
にほんまつ動物病院
二本松 昭宏先生
目指しているのは、「治して欲しいという気持ちに、治してあげたいという気持ちで応える獣医師」です。患者さんとの良い信頼関係を築くためには、しっかりした説明をしたうえで、飼い主さんがよく理解し、飼い主さんがご自分にとっての最良の選択をできるようお手伝いすることが大切だと思います。疑問に思ったことは率直に尋ね、よく理解・納得したうえで、治療をしてあげて下さい。
ペット飼育と情操教育
ペットを飼う家庭にはいくつかの形がありますが、その中でも、子供がいる家庭で、子供がペットを欲しがって飼い始めるというパターンも多く見られます。親御さんとしては、「子供への情操教育に良い影響となるのなら」と思ってペットの飼育をはじめる方も多いと思います。
ここでは、ペット飼育が子どもの情操教育に与える、良い点、また気をつけなければならない点は何かということを少し考えてみます。
ペットは言うまでもなく、生きている命であり、おもちゃやテレビゲームとはまるで違うものです。楽しさや喜びなどならおもちゃからでも得ることができますが、生きている動物を通してしか得られないものというものも、確かにあります。
まず、ペットの飼育を通じて得られることがらを考えてみます。
1.生と死を直接、目で見て知ることができる
一昔前とは異なり、現代の日本社会では、人間は病院で生まれ、病院で死ぬのがごく普通になっています。昔は、生と死は日常の中で、隣り合わせに感じられるものでした。でも、現代社会では、生と死は家庭という日常の空間からは排除され、通常とは別の所に存在しています。ともすれば、生と死ということが、自分たちの存在とはかけ離れた、自分とは関係のないものとして認識されてしまう可能性があります。
死というものに対しての認識ができなければ、「命はやがて死に、そこで終わりを告げる」という、当たり前のことも理解できません。死を理解できていなければ、ゲームのように、「嫌なら死ねばいい」「死んでもまた生き返ることができる」などと、命に対しての誤った認識をするに至る可能性もあります。
イヌやネコは、寿命が十数年と人間よりもとても短い動物です。したがって、仔犬、仔猫の段階から飼い始めたとしても、多くの場合、途中でその死を看取ることになります。それは代理の「看取り体験」として、「命はやがて死ぬんだ」ということを学ぶきっかけになります。
また、家で動物がこどもを産んだ場合は、命の誕生というものを体験することができます。おもちゃなど命を持たないものの所有と異なり、動物という、命を持つものとのつなが
りを通して、「命は、生まれ、やがて死ぬ」という、当たり前のことを実際の経験を通して知ることができます。生まれることも、死ぬことも、その命にとってはリセットすることのできない、一度きりのものです。その当たり前のことを、身をもって体験するということは、ともすれば「何かあればリセットすればいい」とゲームのようにものごとを考えがちな子供達にとっては、とても大き
な経験になると思います。
2.「命を大切にする心」を育む助けになる
「命を大切にしましょう」と、中身のない言葉を繰り返し子供に言ったとしても、子供自らが「命を大切にしたい」と思い、大切にするのでなければ、まるで意味がありません。動物を飼い、その動物に対して愛情を持ち、大切にする心を持つようになれば、大人が「命の大切さ」を教えようとする必要などなくなります。命を心から大切に感じているのなら、何も教えなくても、自分から命を大切にしようとするはずだからです。
百科事典やテレビを見せて、命のしくみを知識として教えることはできたとしても、実際に命と向き合ってみなければ命のはかなさや強さというものは分かりません。命を大切に思う心は、自分の心で感じ、自分自身が身につけていかなければいけないものです。動物に愛情を持ち、心を注ぐことは、自分以外の他者を思いやるという心を育てるための、とても貴重な体験になります。
3.世話をすることを通じて、責任感を感じることができる
おもちゃであれば、飽きてしまったとしても、押し入れにしまっておけば、それでしまいです。あそびたいときだけ出して遊び、遊びたくないときはしまっておけばそれで問題ありません。
でも、ペットは生きている動物であり、そういうわけにはいけません。ゴハンを食べなければ死んでしまいますし、食べれば食べたでトイレをするので、その世話をしなければいけません。ペットが犬の場合は、毎日散歩に連れて行かなければなりませんし、社会性のある動物では一緒に遊んであげたりと、いろんなことをしてあげなくてはいけません。
自然界では動物は自分で食餌を探し生活していますが、人間に飼われる動物では、生きていくための術をほぼ100%人間に依存しています。人間は、飼い主としてその生きている動物の命を左右する存在になる以上、自分が世話をしている動物が健康に、幸せに暮らしていけるよう、面倒を見ていかなければなりません。
子供は、動物の世話をすることを通じて、「自分が頼られる」という体験をします。それは、家庭という小さな社会の中で、自分が何らかの役割を果たすという体験です。
子供は、ペット飼育を通じて、
・自分はひとりで生きているわけではない
・自分は他の誰かとのつながりの中で生きている
・自分の行動が他の存在に影響する
・自分が働きかけることによって、他の存在の幸福に関わることができる
・自分は誰かに必要とされている
という体験をすることができます。
その体験は、やがて実際の社会に出て行くときに、とても貴重な体験となります。
小さなことまで含めれば、生活習慣が規則正しくなったり、動物を通じて友達が増えたりと、動物を飼うことで得られるメリットはもっとたくさんあるとは思います。動物を飼うことで得られる経験は、どれも、とても有意義で貴重なものです。
でも、一方で、気をつけないと子供の情操教育のためには逆効果になってしまうこともあると思います。
逆効果になるような状況は、動物を飼育するときに、飼い主としてするべきことをしなかったとき、親として見せるべきではない姿を見せたときにつくられます。子供への悪影響は、ペット飼育で得られることがらの裏返しとして現れてきます。
動物を飼い始め、飼い主として最低限しなければいけないことは、
1.しっかりと世話をして、動物を健康に、幸せに暮らさせる
2.動物を飼うことで、社会の周りの人間に迷惑をかけない
ということです。
人として責任ある行動を取るということは、親が親として最低限見せなければならない姿です。
きちんと世話をしなかったり、予防できる病気を予防しないなら、動物は不健康になり、その結果、不幸せになります。それは、動物を苦しめるだけではなく、飼い主さんが自分の子供に対して、「命を粗末に扱っても構わない」というメッセージを与えることになってしまいます。
その結果、動物を飼うことによって本来得られる、「死の厳粛さ」「命の大切さ」ということがらとは逆に、そういうことをないがしろにする心が育っていく危険性が出てきます。
動物病院をしていると、家族が子供連れで動物を連れてくることもよくあります。人の家庭のことながら、そんな飼い方をしていると、子供に悪影響を及ぼしてしまうんじゃないかと心配してしまうこともあります。しっかりとゴハンを与えずに犬がやせこけている、なんていう場合は言うまでもないですが、フィラリアなど、予防できる病気を予防していなかったために犬が苦しんでしまった場合などは、子供さんへの教育上、悪影響があるのではないのだろうかと思います。
予防する手段がなく、ほとんどの人が注意を払っていないような病気の場合はともかく、予防しなければ病気になり死んでしまうことを、ほとんど全ての人が知っている場合は、その病気を予防しないという行為自体が“ひどい行為”であり、飼い主としてするべきことをしていない状態、してはいけないことをしている状態です。するべきことをせず動物を苦しめる、という親の姿を、子供は後ろから見ています。
また、治療するにあたっても、命とお金をてんびんにかけるという姿を見せていたりすると、それもまた心配になります。
例えば、ハムスターの体に腫瘍ができたとして、「家族で話し合った結果、手術はかわいそうだから・・」という理由で外科的治療無しで行く、というような場合は問題はあまりないと思います。
でも、腫瘍ができたと聞いたときに、子供に相談するということなく、大人の事情で、「1000円のハムスターに、そんなに治療費かけてもなぁ」などと平然と言われると、それを聞いた子供はどう思うのかと心配になります。
獣医師には、飼い主さんが治療法を選択するにあたって、その選択を左右する権利はありません。飼い主さんの家族がお互いに相談して決めた選択であれば、それは最大限尊重されるべきものです。
でも、その過程は、みんなが納得し、子供さんの心の成長に有意義になるものであって欲しいと願います。
動物飼育は、感情が大きく入り込んでくるものであり、子供の心の成長に役立つものであると同時に、子供の心を大きく傷つける原因にもなります。
子供の心は、言うなれば、まだ真っ白の、書き込みをされていないキャンバスのようなものです。
子供は、いろんな経験を積み重ねながら、そのキャンバスに、自分自身の心の地図を描いていきます。親に、そのキャンバスに直接何かを描き込んだり、指示を出して描かせたりする権利はありません。あくまでも、地図を描いていくのは、経験し、感じ、考える、当の子供自身がするべきことです。間違った地図を描こうとしているときは注意する必要はあるとしても、親にできることは、子供が成長するための場を提供することまでです。子供は、その経験を通して心を成長させ、人格を発達させていきます。
ペットの飼育は、正しく行えば、子供の成長に大きく役立つものです。
でも、親がするべきことをせず、してはいけないことをしているなら、子供はそこから、間違ったメッセージを受け取ってしまうかも知れません。ペットを買って与えれば、それで良し、ではありません。ペットを飼ったその日から、家族みんなで苦労しながら、努力を積み重ねていかなければ、より良い情操教育は得られません。
子は親の鏡、です。
ペット飼育を情操教育に役立てたいなら、しっかりと飼いましょう。
しっかりと飼わず、動物を健康に、幸せにしないのなら、それを見て育つ子供の心は、傷ついたり、いびつなものになったりする可能性もあります。
大切に飼ってもらえない動物もかわいそうです。大切に飼わないのなら、最初から動物など飼うべきではない、と思います。
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