だいじょうぶ?マイペット

獣医師評論【コラム】

二本松 昭宏先生

にほんまつ動物病院

二本松 昭宏先生

目指しているのは、「治して欲しいという気持ちに、治してあげたいという気持ちで応える獣医師」です。患者さんとの良い信頼関係を築くためには、しっかりした説明をしたうえで、飼い主さんがよく理解し、飼い主さんがご自分にとっての最良の選択をできるようお手伝いすることが大切だと思います。疑問に思ったことは率直に尋ね、よく理解・納得したうえで、治療をしてあげて下さい。

「麻酔大丈夫ですか?」という問いへの答え

病気や避妊・去勢などで手術をしようとしたとき、避けて通れないのが「麻酔」です。意識がある状態では、動物は痛みを感じ、動いてしまうため、当然体にメスを入れることはできません。患者が動かないようにするためと、痛みを感じないようにするために、手術中は麻酔をかけることになります。しかし、麻酔は、手術のために役に立ってくれる一方で、呼吸を抑制したり血圧を低下させたりといった、体に対しての生理機能を低下させる作用も引き起こしてしまいます。

麻酔に対してのリスクが高いか低いかのひとつの要因は、麻酔による生理機能低下をカバーするだけの「予備機能」がしっかりしているかどうかの違いでもあります。今の麻酔は昔と比べて、安全性は飛躍的に高くなりました。体への負担が少ない麻酔や、その組み合わせも開発され、臨床現場で使われるようになっています。医療機器も発達して、麻酔中の体の状態をしっかりと細かくモニターできるようにもなっています。それでも、やはり麻酔のリスクは“ゼロ”ではありません。

飼い主さんもその事をご存じだからこそ、手術をするにあたって、「麻酔に耐えられるだろうか」と心配をお持ちになる方もしばしばいらっしゃいます。そんなとき、獣医師が「大丈夫です」と答えるのは、飼い主さんからするともしかしたら一番望んでいる答えなのかも知れませんが、麻酔のリスクが実際にゼロではない以上、「大丈夫です」と答えることは、飼い主さんに嘘を言っていることになってしまいます。

手術をする前に麻酔の話をしていると、しばしば飼い主さんから、「麻酔大丈夫でしょうか?」と聞かれます。飼い主さんに納得してもらうことは大切ですが、説明において、嘘を言わず、正しい情報を伝えるということも欠かせません。飼い主さんに正しい情報が伝えられていないとしたら、それは飼い主さんにとって正しい選択をすることができないということにつながってしまいます。

僕は、飼い主さんからその質問が出たときには、麻酔と手術によって得られるメリットとデメリットの話をもう一度し直し、そのうえでもう一度飼い主さんに再度選択をしてもらうようにしています。

手術をするときは、どうしてもリスクは避けられません。でも、ただ危険なだけで、その先に何も得られるものがないのであれば、何も無理して大切な命を危険にさらす必要などはないはずです。リスクを乗り切ったその先に、もっと大きな利点があるからこそ、動物に麻酔をかけて、手術をするのです。

分かりやすい例として、犬の「乳腺手術」をもとに考えてみます。

犬の乳腺腫瘍は、犬のホルモン分泌の特性から、中高齢のメス犬でしばしば起こる病気です。発症しても、すぐに症状は現れないのですが、腫瘍の塊は時間と共に少しずつ大きくなり、しばしば破裂したり、肺に転移したりします。

一番良いのは、若いうちに避妊手術をしておいて、腫瘍ができないようにすることですが、発症してしまった後では、手術するか、それともせずに様子を見るかの二者択一の選択になります。獣医師からは、腫瘍がまだ小さいうちに手術して摘出することが、一般的な推奨となります。なぜなら、放置することによって腫瘍が大きくなっていくと、それに伴い肺に転移して呼吸器症状から命を落としたり、破裂して敗血症になって命を落としたりすることにつながる可能性が高くなるからです。放置することは、将来の健康のことを考えるとデメリットが大きい、と言うことができます。

また、腫瘍が小さいうちに手術しておいた方が、腫瘍が大きくなって摘出が大変になり、転移の可能性が高くなり、さらには高齢になって手術をするよりも、リスクが少なくてすみます。したがって、乳腺腫瘍を見つけ、手術を勧めたときに飼い主さんから麻酔の心配を打ち明けられたときは、「麻酔のリスクは、もちろんたしかにあります。でも、それを放置して、将来健康に影響を及ぼす可能性というデメリットを考えると、今のうちに手術しておいた方がはるかにメリットの方が大きいですよ。」と説明することになります。

手術のリスクと、手術することによって得られるメリット、手術しなかったことによって起こりえるデメリットを天秤にかけて、どちらの方が利益がより大きいか、を考えて手術した方が良いかどうかをおすすめすることになります。

7才の犬で乳腺腫瘍が見つかり、心臓・肺に異常は見あたらず、血液検査も異常なし、という場合は、その後放置しておいたときのデメリットの方が大きいと予想されますので、早いうちに手術をするようおすすめします。でも、それが18才の犬で心臓病も発症していて、慢性腎不全になっている、という場合は、麻酔のリスクが手術したときのメリットよりもはるかに高そうであれば、あまり強くおすすめはできないかもしれません。

いずれにせよ、獣医師の役目は、知識と情報を元に、飼い主さんにとっての利益を考え、選択をしてもらうよう手助けをするところまでです。明らかに手術をしたときのメリットの方が大きいと予想されるときも、それでも手術をしたくない、と飼い主さんが希望される場合は、無理には選択を迫ることはできません。

時には判断が難しい症例に出会い悩んだり、獣医師の判断と飼い主さんの選択が異なり残念な思いをしたり、ということもあります。同じ症例はなく、飼い主さんの思いもまたそれぞれです。獣医師は、飼い主さんと動物に、それぞれの最善の選択と治療をしてもらえるよう願いながら、また嘘をつくことにならないよう気をつけながら、日々、治療の方針を決めるべく頭を悩ませているところです。

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