獣医師評論【コラム】
にほんまつ動物病院
二本松 昭宏先生
目指しているのは、「治して欲しいという気持ちに、治してあげたいという気持ちで応える獣医師」です。患者さんとの良い信頼関係を築くためには、しっかりした説明をしたうえで、飼い主さんがよく理解し、飼い主さんがご自分にとっての最良の選択をできるようお手伝いすることが大切だと思います。疑問に思ったことは率直に尋ね、よく理解・納得したうえで、治療をしてあげて下さい。
「インフォームド・コンセント」について
近年、人医療のみならず、動物医療においても、「インフォームド・コンセント」が大切であるとの認識が一般的になってきています。「インフォームド・コンセントは良いことである」、と一般に考えられていますが、医療を受ける側の人は、そう単純に喜んでばかりはいられないと思います。
インフォームド・コンセントが生まれた背景と、そのメリット、注意点などを考えてみます。
かつて、インフォームド・コンセントが提唱されるまでは、患者さんにとっては、どう治療をしていくかは全面的に医療者に任せるしかありませんでした。そして、全面的な委任という前提のもと、医療者が治療方法のほぼ全てを決定していました。
医療者が誠実かつ真摯に医療にあたり、患者さんがそれで納得していればそれでも問題はないのですが、医療者の判断で方針を決めることによって、治療を受ける側が自分の意志を無視されていると感じたり、説明のないまま治療を受けることによって予期しない結果がもたらされることがある、という問題点があることから、より良い医療を目指して、そのあり方が見直され始めました。
それまでの医療への反省から、目標とされたのは、より患者側の意志が尊重され、患者が自分の病気と治療について正確な情報を知ることができる医療です。「治療の全てをお医者さんに任せる」という考え方においては、飼い主さんに与えられる選択肢は、任せるか、それとも任せないかという2つだけです。それに対して、患者の意志を尊重する医療においては、どこまで目指して、どう治療していくかということは、患者側が決めるものであり、患者にとっての選択肢はより複雑なものになります。新しい医療のあり方を模索する中から、医療に関して素人である患者に、最善の選択をしてもらうことを目的として、「インフォームド・コンセント」という概念が発達してきました。
インフォームド・コンセントとは、直訳すると「十分な説明による同意」ということになります。踏み込んで言えば、その意味は、医療者が十分な説明を行い、それを患者側が理解して納得した上で、自身にとって最善と思われる治療法を自ら選択するということです。
インフォームド・コンセントがしっかりなされるなら、患者側は、自分の意志で、医療行為の内容をよく知った上で、自分の病気を治療していくことができます。いわば、「治療される対象」から、「体を治していく主人公」へと変わることができるということです。
インフォームド・コンセントの概念は、そっくりそのまま獣医療でも当てはまります。ただひとつ違うのは、人医療においては選択をするのが基本的に患者本人であるのに対し、獣医療では飼い主さんが選択をするということだけです。
自分の飼っている動物が病気になったとき、どういう治療をするのか、それを選択するのは飼い主さんの役目です。どの選択が自分にとって最善かを飼い主さんが判断するためには、より広範囲で正確な知識・情報が不可欠です。その情報を与えるのは獣医師の役目です。獣医師は、飼い主さんが最良の判断を下せるよう、今どういう状況で、何が原因か、どういう治療法が考えられ、それぞれのメリット・デメリットは何か、そして今後の予後の予想はどうなのか、といったことを説明します。
患者さんはその情報を元に、治療への日数や費用、家庭の事情などを考慮して、治療を選択します。選択肢を示すのは獣医師の責任です。そして、どれが自分にとって良い選択かを考え、選ぶのは、あくまでも飼い主さん本人です。
インフォームド・コンセントという言葉に対して、一般的には、まるで良いことずくめであるかのようにとらえられがちですが、実際には飼い主さんに求められることがそれだけ増えるのも事実です。インフォームド・コンセントにもとづく治療においては、飼い主さんの選択肢が増える分、飼い主さんにとっても知識と判断力が必要になります。
病気の種類によっては、ひとつしか選択肢のないものもありますが、複数の治療法がある病気というのもたくさんあります。そして、それぞれの治療法には、たいてい、それぞれメリット・デメリットが存在します。ある治療は効果的だけどもその分高価である、ある治療法は効果が高いがその分副作用の出る確率が高い、などです。また、もっと大きな選択として、内服薬で様子を見ていくか、それともリスクを承知で、思い切って外科手術をして根治をはかるかといった場合もあります。
100%優れた、デメリットのない治療法というものが無いからこそ、いろいろな治療法があるのです。治療法を選択するということは、それぞれのメリット・デメリットを天秤にかけ、良い点・悪い点をふまえた上で、自分にとって最善の選択をするということです。どの選択が最善かということは、飼い主さんによって異なります。何の要素を最優先させるかは、人それぞれです。ある人にとって優先順位であるメリットが、違う人にとっては順位が低い(例:費用の安さ、など)事もあります。
獣医師側は、飼い主さんが自分にとって好ましい選択を行えるよう、しっかり情報を与える責任があります。治療においてデメリットが考えられる場合には、それもしっかり伝えなければなりません。
一方、インフォームド・コンセントがなされたとき、飼い主さんには、選択する自由が生まれる代わりに、選択することに対しての責任が生じます。理論上は副作用のない薬、体に負担のない手術はありません。手技上の失敗、薬の選択ミスは当然獣医師側の問題です。しかし、薬の副作用、手術の副作用まで説明を受けて、その副作用が出た場合には、その責任は飼い主さんにあることになります。そのリスクも承知でその選択をしたということになるからです。
選択肢を選ぶとき、その選択によって死んでしまう可能性があることを前もって説明された場合は、結果として死んでしまったとしても、獣医師を責めることはできません。起こりえる結果を説明され、合意をし、選択をする以上、選択によって起こった結果に対しては、飼い主さんに責任が生じるからです。極論を言えば、病気になったときに放置するというのもひとつの選択です。ただし、そのことによって生じる結果に対して責任を持つのは、その選択をした本人以外にはありません。
飼い主さんが病気と治療法を理解し、治療に参加するということは、これからの主流だと思います。でも、そのことは飼い主さんにとって、夢のようなことばかりとは言えないと思います。
獣医師側の責任は飼い主さんが理解し納得できるようにきちんと説明すること、疑問に正面から答え、飼い主さんが最善の選択をできるよう、手助けをすることです。飼い主さんの責任はその裏返しです。きちんと理解し、納得し、治療法を把握した上で獣医師と協力しながら一緒に動物を治療していかなければなりません。
権利だけは主張するが責任はとらない、ではすまされません。インフォームド・コンセントにおいては、獣医師側と飼い主さんのそれぞれに、「説明への責任」と「選択への責任」が生じます。
飼い主さんの協力なしでは治る病気も治りません。飼い主さんと獣医さんが協力して治療していくカギは、やはりしっかりしたインフォームド・コンセントにあると思います。そしてそれには飼い主さんの理解と判断力、お互いの信頼感が必要だと思います。
より良い治療を望むなら、獣医師の説明をよく聞いてください。そしてよく納得してください。分からないことがあれば納得できるまで質問してください。獣医師の目標は飼い主さんに納得してもらい、動物に健康であってもらうことです。良い治療と良い獣医師を望むならば、何よりその前に、良い飼い主であることが不可欠です。
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