獣医師評論【コラム】
にほんまつ動物病院
二本松 昭宏先生
目指しているのは、「治して欲しいという気持ちに、治してあげたいという気持ちで応える獣医師」です。患者さんとの良い信頼関係を築くためには、しっかりした説明をしたうえで、飼い主さんがよく理解し、飼い主さんがご自分にとっての最良の選択をできるようお手伝いすることが大切だと思います。疑問に思ったことは率直に尋ね、よく理解・納得したうえで、治療をしてあげて下さい。
動物をきちんと飼うことは、マナーではなくルールです
僕は、獣医師であると同時に、ひとりの犬の飼い主でもあります。朝夕と、近所の河原に散歩に行きますが、毎回へきえきさせられるのが、河原に落ちている「犬の糞」のひどさです。
散歩中にリードを付けずに放し飼いにしている人も多く、また、そういう犬の中にたびたび人に噛みついている犬がいることを聞くと(何度咬んでも放し飼いは止めないそうです)、腹立たしさを通り越して、悲しいやら情けない気分になります。
獣医師の使命は、言うまでもなく動物の健康を守り、飼い主さんに喜んでもらうことです。そして、それと同時に、獣医師は動物の飼育を通じて、社会の文化レベルの向上に努めるという使命も持っていると思います。
犬の糞を放置したり、ノーリードで放浪し人に噛みつく犬がいるということは、明らかに文化レベルの低さを示しているものです。しかし、僕がそれを飼い主さんに直接注意すれば、それでマナーが向上するかというと、おそらく向上はしません。その結果は、良くてうちの病院に来なくなるだけであり、悪ければ、注意された腹いせに悪口を言いふらされてしまう可能性もあります。
そういう“マナーの悪い飼い主”に対して、その改善をはかろうとする場合、獣医師個人の力ではどうしても限界があります。マナーの悪さは意識の低さの表れです。なにより、社会全体の持つ意識が変わらないと、マナーの悪さを改善することはできません。マナーうんぬんの前に、動物を飼うということについての意識に、まず問題があります。
今は、動物を飼うということは、「個人の自由」と一般的に受け止められています。「個人は動物を飼う権利があり、自分はその権利を行使することにより、動物を飼っている。だから、どう飼おうが、それは個人の自由だ。」という認識です。だから、そこに他人が注意したところで、「お前にそんなことを言われる筋合いはない。よけいな口出しをするな。」ということになるのです。
まず、動物を飼うことが「個人の自由」である、という認識を改めないといけません。
人は、幸せになるために動物を飼おうとします。でも、当の動物は、人間に飼われるために生まれてきたわけではありません。
たとえ、犬や猫がはるか祖先の時代から、人間によって選別され、かたちを変えられて現在のかたちになっているとしても、それがすなわちその命を人間が好き勝手に扱って良いことの根拠にはなりません。人間には「動物の命を好きに扱う権利」などはない、という認識に改めなければいけないと思います。
動物を飼うことは、人間にとっての当然の権利などではなく、人間社会の中で生きる人間が、自分の意志によって行う「行動の選択」でしかありません。自分の意志によって動物を飼うという選択をするということは、飼育に関しての責任はすべて飼い主が負わなければならないということです。
また、社会の中で生きる他の人に迷惑をかけないということは、社会の中で動物を飼う以上、守らなければならない絶対条件です。
現在は、犬の糞について行政に苦情を言ったとしても、「それは飼い主さんのマナーの問題だからねぇ。」で終わりです。個人のマナーだということは、個人の問題でしかないということです。それはおかしいと思います。社会の中で動物を飼う以上、迷惑をかけることは、個人と社会との関係の問題です。個人の問題ですむようなことではありません。「個人の自由」とは、他の人に迷惑がかからない範囲内で選ぶことのできる自由です。
他人に迷惑をかけないということは、社会に生きる上での最低限のルールです。他人に迷惑をかけるような行動に、自由は許されません。
動物をきちんと飼うということは、マナーではありません。社会で生きる以上、義務として守らなければならない最低限のルールです。行政は「個人のマナーです」なんて甘いことを言っていてはいけないと思います。社会そのものが「いい加減な飼い方をすることを許さない社会」、「きちんと飼わないなら、飼うことを許さない社会」になっていかなければいけないと思います。
動物をきちんと飼わない人間には、動物を飼う権利も資格もありません。いい加減な飼い方しかしないのなら、動物を飼ってはいけません。動物を飼うのなら、きちんと責任を持って飼う、そういう世の中にならなければいけないと思います。
それこそが、動物飼育に関して、文化レベルの高い社会だと言えると思います。
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