獣医師評論【コラム】
にほんまつ動物病院
二本松 昭宏先生
目指しているのは、「治して欲しいという気持ちに、治してあげたいという気持ちで応える獣医師」です。患者さんとの良い信頼関係を築くためには、しっかりした説明をしたうえで、飼い主さんがよく理解し、飼い主さんがご自分にとっての最良の選択をできるようお手伝いすることが大切だと思います。疑問に思ったことは率直に尋ね、よく理解・納得したうえで、治療をしてあげて下さい。
動物に治療を受けさせることは飼い主としての権利か義務か
動物病院に来院した動物に病気が見つかった場合、病気に対しての説明とインフォームド・コンセントを行ってから治療に入っていくのですが、時折その治療を拒否されることがあります。中には治療が限られており、すぐにその治療をしないと死んでしまうような病気もあります。多くは金銭的な理由が多いのですが、治療をしないと死ぬ確率が極めて高く、治療さえすれば分かっているような場合に拒否をされると獣医師としてはやりきれない気持ちになります。
動物が病気になったときに病院に連れてくるのは飼い主さんです。どうするかを決めるのも飼い主さんです。どういう治療をするか決めるときにいろいろな選択要素があるのは当然ですが、当の動物の都合よりも飼い主さんの都合が優先されると、致し方ない状況もあるとは言え悲しい気持ちになります。
もし、人間の子どもだったらどうなのかということを交えて考えてみたいと思います。
子どもは国連で定められた「子供の権利条約」(日本は1994年に批准)によって保護されています。その中の条文で子供は適切な医療を受ける権利があると明記されています。つまり子供は親の意志とは別に医療を受ける権利を自ら保有しています。親は自分の子供に対し「子供にとって最大の利益となるように」選択をしなければなりません。それは養育上の義務です。
けがや病気をしたときに怠慢や悪意で医療を受けさせなければ医療ネグレクトとして虐待をしていると見なされます。医師は児童相談所などに通報し、子供は場合により児童相談所の保護下に置かれます。ひどい場合は親権を取り上げられることもあります。
親にいかなる信仰や信条があろうとも社会的に見て未成年の相手に「最大の利益とならない」選択を親がしようとしている場合にはその選択は無効とされます。社会全体の財産である子供は親だけのものではなく、親の意向だけで一方的に不利益を押しつけることはできないと言えそうです。
動物に関して言えば、今はまだ飼い主個人の保有財産であり社会の保有物とは見なされていないため、それをどうしようが飼い主の自由と見なされる向きがあります。一方で、社会に否応なく組み込まれ社会の一員として存在しているペットは、人に心の潤いと喜びを与えており飼われているだけで本人は社会の中で働きをしているとも考えられます。ならば社会の構成員としてのペットに保護されるべき立場を与えることは、社会としての責務だと思われます。
今の法律ではペットは未だモノ扱いです。昔は生殺与奪は飼い主の自由でした。愛護法が制定され、より人道にのっ取った飼育を行うよう定められましたが、それでもペットには法的な保護は足りていないと思います。ペットの生命が保護されるべきものとなるならば、飼い主の都合だけで一方的に不利益を押しつけることは許されないものとなります。
病気を患っているときにそれを治療させ健常な状態を取り戻させることは、飼い主としては権利というよりも義務的な行為とも言えるかも知れません。少なくとも、飼い始める時点で飼い主にはペットがより幸せに生きていけるよう心がける責任が生じています。
現在はペットの保険がしっかりと確立されています。人間が車で相手をはねたときに「保険に入っていないので悪いが払えない」という理屈が通らないのと同様、病気になった動物を金銭的な理由で治療しないことは飼育上の虐待行為として非難される時代が来るかも知れません。ペットの生命が保護される対象となり、治療を受けさせることが飼い主の責務と認識されるようになれば、ペットの保険は入っていて当然という認識になっていくと思います。車の任意保険と同じような雰囲気になると思います。
いずれにせよ、自分の飼っている動物をどうしようが飼い主の勝手だという理屈はおかしいと思います。飼い主だからと言って動物に不利益を与える権利などはありません。あるのは飼い主の都合で運命を左右されてしまう動物に対しての飼い主としての責任です。
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