だいじょうぶ?マイペット

獣医師評論【コラム】

北森 隆士先生

北森ペット病院

北森 隆士先生

収入の5〜10%を、動物を大切にするための啓蒙活動、獣医学の進歩のための研究、最新医療機器の購入、野生動物保護活動にそれぞれ割り当てるような経営を目標にしています。研究は、数年ごとにテーマを決めて行っていますが、現在は、イヌの混合ワクチンの有効性(効果)についてデータを集めています。

お薬と自然との関わり

私は、もともと某製薬会社で(ヒトの)循環器系の新薬の研究をしていました。数年前にこの世界に入ったのですが、お薬に対して強い不信感(嫌悪感?)を持つ人々が少なからずいることに、とても驚かされてきました。

例えば、診察室で、このようなことを言い出だす飼い主さんがいます。

『お薬は自然のものではないので、怖い、体に悪い』
『お薬ではなくて、サプリで治したい』

サプリのところに、日本よりも断然平均寿命が短い国のお薬?の名前や、民間療法で使用されている聞いたこともない物の名前も入ることがありますが、初めは本当に耳を疑いました。私達は高度な西洋医学に支えられた世界に冠たる長寿国で暮らしていますが、どういうわけか民間療法や伝承的治療法へのあこがれが根強い国民性があるようで、簡単に言えば、お薬=反自然的な人工合成物=副作用が強い=怖い…・というイメージなのでしょうか?また、商品を売るためにだけにマスコミが作り出した誤った健康食品ブームが追い風となって、最近では、病気をお薬ではなくて食品で治すというヒトも出てきて(ガンを、大豆やきのこで治すとか…)、なんだか元薬屋の獣医師としては、少々危機感を持っています。そこで今回は、お薬と自然との関わりについて書こうと思いました。

一般の方は、お薬と聞くと、なにやら石油臭い工場で科学者が化学反応で人工的に作りだしているような…・工業製品?のような…・イメージを持っているかもしれませんが、それは明らかに誤解です。実は、多くのお薬は、自然(植物や土壌など)から物質を抽出して、また自然の物質を核として生み出されているのです。

まず、古典的な西洋医学のお薬を考えて見ます。世界で最も古く、人類史上おそらく最も多量に販売されたお薬は、鎮痛薬アスピリンです。もともとヤナギ科の植物から抽出したサリチル酸には、昔から民間療法で鎮痛効果があることは知られていました。しかし、サリチル酸には胃腸障害の副作用が強かったので、ドイツの某研究者がサリチル酸を化学的に修飾し(アセチル化することにより)、副作用が少なく、効果がより安定したアスピリンを創り出しました。このアスピリンの創薬が、近代薬剤学の発展におけるブレイクスルーなのですが、つまり、合成医薬品の出発点となった薬は、民間療法で用いられた植物由来の物質から副作用を軽減するという洗練された形で、私達の前に登場したわけです。また最も使用頻度の高い薬に抗生剤がありますが、この範疇に分類されるお薬は、カビが生み出す物質である事は皆さんご存知かと思います。古い心臓のお薬のジキタリスや、マラリアのお薬であるキニーネも、アスピリンと同様に、民間療法で使用されていた植物の由来の物質です。

次に最新のお薬ですが、臓器移植やアトピー性皮膚炎の治療薬として用いる免疫抑制剤のタクロリムスは筑波山の土壌中のカビから見つけられた物質ですし、最近話題のタミフルにしても中国産の香辛料の構造を核にして合成されたものです。20世紀の日本人による最大の発見の一つ、コレステロール低下剤(抗高脂血症剤)メバロチンは、抗生物質と同様に、カビが分泌する物質が核となっています。

動物薬を考えてみましょう。動物医療で最も使用されるお薬はフィラリア予防薬ですが、その代表的な薬剤であるイベルメクチン、ミルベマイシン、モキシデクチンは、全てカビが生み出す物質です。イヌの心臓病で用いられるACE阻害剤というお薬がありますが、このお薬のプロトタイプは、蛇の毒研究から創薬されたものです。また、イヌ・ネコのある種の血液ガン治療に用いられるビンクリスチンは植物由来の物質ですし、やはり汎用される制癌剤アドリアマイシンもカビ由来の物質を修飾したものです(これらACE阻害剤、ビンクリスチン、アドリアマイシンは、ヒトでも用います)。お腹の虫の駆虫薬も、そのほとんどが、カビ由来の物質です。

人類の寿命の延びに最も貢献した抗生剤、20世紀の画期的な発見であった免疫抑制剤、抗インフルエンザ剤そして抗高脂血症薬、更には動物薬のフィラリア予防薬や制癌剤…・・まだまだ色々ありますが…・・これらは、このように自然とのかかわりの中から研究者の手によって発見、発明されたお薬なのです。そして、近代西洋医学の(お薬の面では)出発点になったアスピリンのように、時には、自然状態のものから副作用を軽減するような形で、お薬となったもあるのです。

薬の研究者は、●●国に××に効く民間療法があると聞くと飛んでいき、また、▲▲山の土や、■■海の水を取り寄せて…・・研究っていっても、このように泥臭い汗臭い仕事なんですよ…・毎日毎日、来る日も来る日も研究しているのです。漢方系の葉っぱも、無論、画期的な新薬発見の対象物です。そのような地道な研究をしている研究者が、世界には何万、何十万人といるわけです。このような研究者に発見されて『お薬なった物質』に、反自然的なイメージを勝手にくっつけて毛嫌いする風潮が、如何におろかなことか、皆さんわかりますか?もちろん、ほとんど人工合成で作られた、自然にはまったく存在しない形のお薬もありますが、私が今回言いたかった事は、近代西洋医学は、自然との関わりなくして今日のような発展はしていませんし、自然療法としての民間療法と決して対立する概念でなく、それらを洗練させる形で進化してきた歴史があるということです。

お薬は自然のめぐみなのです。

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