ペット医療最前線
Vol.2 神経外科のスペシャリスト 相川動物医療センター
院長 相川 武
相川動物医療センター 東京都新宿区西落合四丁目3-1
http://www010.upp.so-net.ne.jp/aikawaVMC/
「獣医学機関紙を通じての情報公開、獣医学会での講演活動、各動物病院からの手術委託症例の治療を通じて、病気に苦しむ日本のペット達に最善の治療を提供することが私の目標です。」そう語る相川動物医療センター 院長 相川 武先生にお話を伺いました。
人気の小型犬を特有の病気から救う
相川動物医療センター手術室
──相川武先生は、アメリカのノースキャロライナ州立大学やカリフォルニア州立大学デイビス校でレジデント(専門研修医)としての経験を積んでこられた神経外科のスペシャリスト。先生は95年から98年までの3年間、椎間板ヘルニアなどの脳神経外科をはじめ、難しい外科手術にほぼ毎日のように取り組まれてきたと言います。そんな相川先生が日本に帰ってきて開かれたのが、新宿区西落合の相川動物医療センターです。
相川動物医療センターには毎日のように、関東近県、遠いところでは北海道から、緊急性の高い症例の犬や猫たちが紹介されてやってきます。この日も、2階から飛び降りて大腿骨を骨折した猫が連れてこられていました。「神経外科だけではなく、難度の高い手術は基本的に引き受けています。多いのはやはり、ダックスフンドやビーグル、ウェルシュコーギーなどの椎間板ヘルニア。最近増えてきたのは、チワワやポメラニアン、ヨークシャーテリアなどの頭頚部に起きる環椎ー軸椎亜脱臼でしょうか。もちろん大型犬に多い股関節形成不全などの骨関節疾患、肘異形成などの手術依頼も入ってきます。」相川先生は、この分野で数多くの学会発表を行い、獣医師向けの専門誌への執筆もされているので、そうしたところで情報を得て依頼・紹介をされてくるのだそうです。いわば、獣医界の心やさしきブラックジャックというわけですね。
人気犬種に多発する病気で2年後に大混乱が…
──しかしながら、ダックスフンド、チワワといえばここ3年間にすさまじい勢いで増えた人気犬種(ダックスフンドのJKC登録頭数は15万9000頭、チワワは8万頭 04年)。これらの小型犬に特有の病気が増えつつあるということは、椎間板ヘルニアや環椎軸椎亜脱臼などの手術に対する需要は、今後ますます増えるということになるのでしょうか?
おおいに考えられますね。椎間板ヘルニアは5~6歳を過ぎたワンちゃんに多く発症しますから、ブームが3年前からだとするとこれから2~3年のうちに、かなりの割合で椎間板ヘルニアの子が出てくると予想されます。
──先生によれば、椎間板ヘルニアはあくまでも犬種に特有の軟骨等の異常からくる病気なので、発症の可能性がきわめて高い。発症したら痛がったり腰が立たなくなったりするため、「この犬種にはこの病気が多い」という認識さえあれば素人にも判断がつきやすいが、いったんそうなったら早急な対処か絶対安静が必要とのことです。
早急な対処というのは進行の度合いの判別ですね。脊髄機能の障害がどの程度なのかを見ます。一般的にこの病気は、最初は背骨の痛み(1度)、つぎに後肢にふらつきが出始め(2度)、やがて後肢やしっぽの意識的運動ができなくなり(3度)、続いて排尿機能障害(4度)、最後に痛覚の消失(5度)と症状が進んでいきますが、後肢がまったく立たなくても、排尿機能がなくなっていても、深部痛覚が存在するうちに治療を開始すれば95%以上の確率で機能回復が見込めるんです。ところが痛覚が消失すると機能回復は50%に下がり、さらにこの状態で放置するとどんどん回復のチャンスは下がってしまう。そうなる前に、つまり痛覚が残っているうちに手術をしなければならないわけです。痛覚のテストは後肢のある部分をつねって犬の反応を見るやり方で行います
──問題は今の獣医さんたちがすべて、正確にこの見極めができるとは限らないこと(深部痛覚が消失していても後肢をつねると足を引き込む脊髄反射が残っていることが多く、痛覚がまだ残っていると判断してしまうことが多い)。毎日のように椎間板ヘルニアを見ているわけではないため、「すこし様子を見ましょう」と痛み止めを処方され時間を置かれてしまうこともある。そうなると、痛覚が消えた時点から持ってこられても治る確率は半分以下になってしまうわけです。これから2~3年後、こうした事態があちこちで多発して歩けないダックスたちが増えることが心配だと相川先生は言います。
まだふらついていても立って歩ける状態であれば(2度)、立てなくても自分でたまった尿を意識的にまとめて排尿することができれば(3度)、治療の回復率は高いといえると思います。
──ダックスフンドを飼われているみなさんは、こうした病気が特別な話ではないということをよく認識して、背骨に負荷がかかるような運動を避け、太らせない、激しい上下動をさせないなどの対処とともに、ふだんからどこか痛がっている場所はないか怠りなくチェックしておくということでしょう。
かっては治せなかった病気にも新しい光明
──いっぽう、チワワやポメラニアンに多い環椎ー軸椎亜脱臼は、生まれつき第一頸椎(環椎)と第二頸椎(軸椎)の関節に正常な部位や靭帯が欠けているために、環椎ー軸椎の不安定症が起こり、さまざまな障害を起こす病気。頭を触られるのを嫌がる子や、抱き上げられるのを嫌がる子は要注意だそうです。 この病気は治療法が確立されておらず、長い間「完治は難しい」とされてきましたが、相川先生はピンを使って環椎と軸椎をつなぐというやり方で、かなりの成功率を収めてこられたとか。多くの動物病院では「これは生まれつきの病気だから治らない」と言われるケースがまだまだあるそうですが、相川先生のようなスペシャリストであれば十分治せる可能性があります。あきらめないで問い合わせてみるのがいいでしょう。
相川動物医療センターではこれらの他にも、やはりチワワやポメラニアンに多い水頭症、小型犬から大型犬まで差別なく起こる膝蓋骨脱臼、小型犬や猫に多いレッグペルテス病、大型犬の離断性骨軟骨症、成長期の犬に見られる骨の成長板早期閉鎖症などの外科一般にも対応。さらに軟部外科と呼ばれる分野では、胃拡張捻転症候群や肝臓の難病である門脈シャント、超小型犬に多い気管虚脱、鼻面の短い犬種に特有の上部気道狭窄症候群の手術もこなされています。
もちろん難病といえばガンがありますね。ガンの手術は、ホームドクターの先生方でも対応されていますし、技術も上がってきていますから、私のところに持ち込まれるのは難しい症例に限られてきました。同じくアメリカで勉強をされて腫瘍学のディプロマ(専門医)になられた埼玉の小林哲也先生の日本小動物がんセンターから依頼を受けてというケースも多いです。
望まれる専門医の養成と教育機会の提供
──アメリカでは、こうした難病の手術はホームドクターから専門医、あるいは二次診療を行うセンター病院に送られて行われるシステムになっていますが、日本ではホームドクターが最後まで治療を行うか、いよいよ駄目となった時点で大学病院に送るというやり方が一般的に行われてきました。 ですがここ数年、相川先生や小林先生のように専門医を標榜され、活躍されている獣医さんたちが徐々に増えてきました。ペット=家族という意識とともに高度医療に対するニーズが急速に高まり、専門医を育成する教育制度の整備よりも先に、今いる各分野のスペシャリストの先生たちを活用したほうが早いということになってきたからです。今は真面目に学会に顔を出したり専門誌に目を通している獣医さんや勉強熱心な飼い主たちが、自分で探して電話をかけてくるという流れになっているようです。
専門医の育成は現状ではなかなか難しいでしょうね。椎間板ヘルニアの手術ひとつにしても、やはり何百何千という症例に対応してきた実績があればこそ自信を持って行えるわけですから。たとえば股関節の全置換手術などは、やり方だけわかっていてもいざ実践するとなると難しい。全置換手術をやるには2人以上のアシストが必要になりますが、彼らを教育しながら執刀するというのは至難の業なんです。ようは症例数を増やして実戦を積むしかないというわけですが、今の若い獣医さんたちにはそうした機会を提供してくれる場がないということです。
──そんな環境の中でも、相川先生や小林先生のように自発的にアメリカに渡り、勉強と経験を積まれて帰国される人が増えてきているのは喜ばしいことですよね。相川先生のようなスペシャリストは、これからの時代になくてはならない人。緊急の駆け込み寺的な役割だけではなく、今後の若い獣医さんたちの教育の面でも、おおいに力を発揮していただきたいと思います。
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