ペット医療最前線
Vol.03 歯科のスペシャリスト フジタ動物病院
院長 藤田桂一
フジタ動物病院 埼玉県上尾市春日1-2-53 tell:048-775-3338
http://www.fujita-animal.com/
3歳以上の犬猫の80%が歯周病
フジタ動物病院の外観
──埼玉県上尾市。JR上尾駅から徒歩7分の春日という場所にフジタ動物病院はあります。昭和63年に開業した当初は間口の狭いテナントの中にあるクリニックでしたが、現在は5階建ての大きなビルに獣医師11名、AHT、トリマーなど17名のスタッフを抱えるホスピタルとして地域の動物医療に貢献されています。人間の歯科衛生士の資格を持つ奥さんと二人で開業した院長の藤田桂一先生は、「心と心のふれ合いを大切に」という理念と、持ち前の向学心で積み重ねた医療技術への評価でここまで病院を大きくしてこられました。 そんな藤田先生が、もっとも注力してこられた分野が歯科。歯科衛生士の奥さんのバックアップを得て、先生はこの分野を自分のスペシャリティとして追究。いくつもの研究論文を発表されて博士号も取られました。 今は藤田先生らの活動によってすこしは知られてきましたが、ほんの数年前までは「犬や猫にも歯周病なんてあるの?」と言われていた時代。歯がグラグラしてきたら「抜きましょう」という選択肢しかなかった時代が数十年続いてきたわけです。しかしながら、現在は犬や猫にも歯周病があることはなかば常識。3歳以上の犬猫の80%には歯周病があるというデータもあるそうです。
犬や猫の場合はほとんどが歯周病です。歯周病には歯肉炎と歯周炎があります。口の中には、歯があってそのまわりには歯肉がありますよね。その歯肉だけが炎症を起こしたのが歯肉炎、歯肉以外の歯根をおおっているセメント質とか、そのまわりの歯根膜とか、歯を支えている歯槽骨とかの歯周組織まで炎症がおよんでしまったものを歯周炎といいます。最初は歯肉炎でとどまってるんですが、放っておくと歯周炎になる。3歳になると8割以上の犬猫が、そのどちらかに侵されているといわれています
“万病の元”にもなる歯周病
治療中
──犬の歯周病は、歯垢中の細菌によって起こるそうです。
歯周病は、歯垢中の細菌が歯面に付着して、歯肉が炎症を起こす病気です。ひどくなると歯と歯ぐきの中に歯垢などが入り込み、そこにできたポケットがどんどん大きくなっていきます。最後は歯周組織がこわれて歯が抜けおちてしまう。そうなったら痛みは収まりますが、抜けるまでには数年かかりますから犬はつらい。だからやっぱりきちんと治療するべきだと思います
──歯周病は、最近は全身疾患と大きく関係しているとの考え方が人間の世界でも常識になりつつあり、歯周病と全身疾患との関連性の研究が進んでいます。
歯周病は、最近は全身疾患と大きく関係しているとの考え方が人間の世界でも常識になりつつあり、歯周病と全身疾患との関連性の研究が進んでいます。 「獣医学でも最近ようやくそれがわかってきました。歯周病菌が腎臓疾患を起こすことも証明されましたし、歯周病菌が多くなればなるほど心臓の内膜の炎症がひどくなることや、肝臓病との関連も示されてきました。重い歯周病を持っていると、内臓まで駄目になる可能性があるということです
──歯周病は“万病の元”でもあるとの考え方が少しずつ浸透してきたわけです。しかしながら、このことをしっかり認識して、歯周病にならないようにきちんと治療をしたり指導を行っている動物病院がどれぐらいあるかというと、はなはだ心許ないとのこと。考えてみれば、獣医さんたちにとっても、大学を出てからわかってきた病気についてはほとんど“未知”の状態に近いわけですから、日頃から学会などを通じてこうした情報をキャッチして対応を考えていかなければ取り残されてしまうのは当たり前なのですね。
高度な技術を必要とするスケーリングとケア
診察中
──ではこれらの病気の治療には、どういったことが行われるのでしょうか?
犬の歯周病については、麻酔をかけて定期的にスケーリングをすることになります。「スケーラーを使って歯垢・歯石を取り、歯の表面をツルツルにして細菌がいない状態にします。スケーラーは超音波スケラーとか、キュレット型スケラーといったもので、これを病巣に一定の角度であてて歯垢・歯石を取り去っていきます。そして次に、スケーリングが終わると歯のセメント質がガチャガチャになってますから、ルートプレーニングという手法でそれを滑らかにする。スケーラーの角度を変えて表面をスムーズにしていくわけです。また、歯肉も炎症を起こしていますから、中をきれいに洗浄して、炎症を抑える抗生物質の軟膏を入れます。そうすると歯根膜の再生も手伝って、ポケットになってた部分が少しずつくっついて歯肉が戻ってきます
──肝心なのは、目に見える表面の歯垢・歯石を取ることではなく、このポケットの中まできれいにすること。ここをしっかり治さないとまた駄目になってしまいます。表面だけを掃除して「これで大丈夫」ではありません。それではすぐに元に戻ってしまうのだそうです。
症状が進んでしまったらやはり抜歯するしかありません。「抜歯をすれば歯周病は治ります。ただ、ひとつ気をつけなければならないのは、歯を抜いたあとの穴の中が炎症を起こしているケース。そうした穴の中の深部も一緒に削り落としてあげないと治らない。なので棒の先が丸くなった器具を使って病巣を掻爬します。そうやって血餅(ゼリー状のかさぶた)ができるのを待ちます。そして徹底的に洗浄して人工骨を埋める。これが治癒率がいいですね
手術室
──このとき要注意なのは、アゴの中に複雑に入り込んでいる神経や血管やリンパの存在。そこに貫通してしまうと大事故になってしまう。まさに針を通す注意力と技術の裏付けなしにはできない仕事だといえるでしょう。
アメリカでは、歯科の専門医が組織誘導再生という方法を始めました。これは大きなポケットがあるときに、歯肉上皮だけが先に上がってきちゃってポケットが深いまま再生されてしまわないよう、バリヤーの膜などを入れてやるという方法です。あと、人工骨などを入れて骨の充填をする手術も始まりました。人工骨は粒子状のものですが、これをポケットの中に埋め込んでいく。そうすると歯周組織が補修されてくるわけです。日本でも、コレラの治療を行う病院が出てきました。当病院も行っています
まだまだ未整備な獣医歯科学の分野
受付
──藤田先生によれば、獣医歯科学の分野はまだまだ未整備だそうです。第一に大学教育の中に歯科学のカリキュラムがない。教えようにも教えられる先生がいなかったからです。今は一部の大学で、アメリカで専門教育を受けてこられた先生の講義が始まりましたが、十分な状況とはいえません。
今でもほとんどの先生が、何か問題あれば歯を抜いているんですね。ひょっとしたら治せる可能性があっても、その先生が自分では治せなくて『これは治りません』と言ってしまえば、飼い主さんはそれを信じるしかありませんよね。だからこれはやはり私たち獣医師が努力をして、勉強していく以外にないと思います。歯周病を放置しておいたために、それが進んで内臓にも問題がおよび、結果的には心不全で亡くなって『これは寿命だよね』とお互いが納得する。そんな時代はもう終わりにしないといけません。
──しかしながら、たとえば、歯科をやるためにはレントゲンひとつにしても専用のものが必要になる。動物の小さな歯は、ふつうのレントゲンでは見切れないからです。ところが今の獣医界で歯科用のレントゲンを持っている人はとても少ないのが現状とか。ですがそれは一般のレントゲン装置よりもずっと安価で買えるものだといいますから、ぜひ病院に1台は備えておいてほしいものですね。藤田先生は、口腔内の勉強を大学院で続け、その他は独学でしてこられました。専門書を読みビデオを見て勉強されたそうですが、94年ぐらいからは日本獣医師会や動物臨床医学会などで立て続けに研究報告を行い、2000年には歯肉口内炎の研究論文で博士号を取得されました。同じことをすべての獣医さんに望むのは無理だとしても、歯の病気がここまでこわいものだというからには、できるだけ多くの獣医さんが、できるだけ早く頭を切りかえて歯の勉強をスタートさせてほしいものだと思います。
最後に、歯周病の予防で飼い主にできることはないのでしょうか?
人間同様、やはり毎日の歯磨きです。そのとき同時にいつも口の中を気にして見ていただくと。そうすることで口の中の病気はだいたいわかります。あとは仕草ですね。食べるとき片方の顎だけで咬んでるとか、片方の目からぼろぼろ涙が出るとか、いつも片側だけが濡れているとか、口をさわると痛がるとかね。よだれが多かったりということもあります。そういった観察からでも病気はわかります。それからにおい。口臭に気づいたら早く診せてください。それが早期発見・早期治癒に結びつく第一歩です。
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