ペット医療最前線
Vol.4眼科のスペシャリスト 工藤動物病院
院長 工藤莊六
工藤動物病院 東京都中野区東中野1-13-26 tel:03-3371-3963
http://homepage1.nifty.com/kudoah/
高まる眼科治療へのニーズ
工藤動物病院の外観
──ペットの高齢化にともない、犬や猫にも白内障などの目の病気が増えています。また、ここ2、3年はミニチュアダックスフンドが大ブームで、かなりの数が繁殖され世に送り出されましたが、この犬種は遺伝的に目に障害が出やすいため、目の病気で苦しむ若年のミニチュアダックスがあちこちで確認されています。ミニチュアダックスは今後も増え続けることが予想されることから、この先、眼科治療へのニーズは大きくなる可能性ありといえそうです。小動物を対象とした比較眼科学会では、現在、11人の眼科専門医(ディプロマ)を認定していますが、中でもこの分野の先駆者といえる工藤動物病院の工藤荘六院長(東京都中野区)にお話を聞きました。
目の病気は、外に接している部分と中の部分とに分けて考えます。どちらかといえば外に接している部分、つまり目の表面の病気の方が圧倒的に多い。目の表面は外界に接しているため、外からの障害を受けたり、細菌などの感染が起きやすいということです。だから飼い主さんにもわかりやすい。眼に問題が起こると顔つきまで変わってきますから、そういうことで飼い主さんが比較的早く連れてこられる病気でもあります。
目はパッチリ開いていてこそ目
治療中
──目の表面の病気で一番多いのは角膜の病気だそうです。目の表面の透明な部分を角膜といいますが、その表面が外傷を受けたり潰瘍になったりするわけです。
潰瘍というのは、角膜が融解して穴があくことです。本来角膜の表面というのはバリヤーが非常にしっかりしていて、水や異物が入らないようになってるんですね。ところが外傷や潰瘍によって穴があくと、中に涙のような水分がどんどん入ってきて角膜が白く濁る。角膜が濁ることと、角膜に穴があいてくぼみができること、多く起こるトラブルはその2つです。
──角膜の上皮細胞は、約1週間で全部入れ替わりますが、このとき古い角膜を溶かす酵素が出ます。ところがキズがあったり、感染が起こったりして表面が傷害を受けていると、その酵素が悪い影響をおよぼすことがある。溶かしてはいけないところまで溶かしてしまうのです。そこでその酵素を抑えるために、その子の血液からつくった血清を点眼する方法を取るそうです。
自分の血清を点眼すると、融解が進まないのと感染を抑えることができます。バイ菌さえ繁殖しなければあとは自然に治るということですね。ですから治療としては、酵素を抑える血清と、感染を防止する抗生剤と、そこをバンテージしておくことになります。バンテージには治療用のコンタクトレンズを使います。これで痛みが抑えられるし、外からの過剰な刺激を防ぐことにもなります。
──バンテージは、角膜の上皮が乗ってきた時点で外しますが、上皮がなかなかくっつかない場合は、古い組織を取り除き、角膜に小さな穴をあけるのだとか。
天状角膜切開というんですけど、ようは切開することで新しい細胞を集め、コラーゲンをつくらせて修復させるという方法ですね。こうしたことも最近はできるようになりました
──目はパッチリ開いていてこそ目なのだと工藤先生は言います。 目をしょぼしょぼさせている、しきりにこする、目やにが出る、白目が真っ赤に充血するといった状態がペットたちに見られれば、それは必ず目の病気が疑われるわけですから、そんな状態が見られたら、早急に獣医さんに診せること。そしてその先生が対応できなければ、その上の専門医を頼ることです。工藤先生によれば、角膜の潰瘍や損傷など、後天的に起こったものならほとんどは治癒させることができるそうです。
白内障の手術は成功率90%
処置室
──続いて、白内障について聞きました。白内障は水晶体が白濁する病気で、6歳までに起こる白内障はいずれも遺伝的な素因によるものとされています。
病気の遺伝子を持っていれば、すべての子がそうなるとは限りませんが、本来ならばそうした病気が出た犬を交配に使うべきではない。遺伝的疾患のない親同士を交配していけば、遺伝子というのはだんだん調整されていくはずなんです。だけど逆にこれを持っている親同士を交配すれば、当然発症する確率は高くなりますよね。これは犬にかかわるすべての団体が統計を取って、きちんと調整していくべき問題だと思います。
──白内障の治療は、濁ったレンズを取り除いて、そこに新しい人工水晶体を入れるという手術になります。じつは獣医界ではこの手術はかなり前から行われていて、実際にやっている先生も多いのですが、問題はその成功率とのこと。
私は成功率が90%を超えないと安全な手術だとはいえないと思うんです。私が眼科の勉強を始めたのは1970年代のことですが、それから30年の間に技術はそうとう進歩してきました。手術方法も変わったし、人工水晶体も国産でつくれるようになった。これにより、視力の完全な回復も可能になってきました。
処置室
──手術方法は、まず犬の目を切って水晶体を取り出すのですが、犬のそれはラグビーのボールのような形をしていています。だから、昔はかなり大きく切らないと取り出すことができませんでした。それが今は、ほんの小さな穴をあけるだけでできるようになってきたといいます。
最初にほぼ3ミリの穴を角膜に開けます。すると中の水が出てきますからドロドロした物質を目の中に入れて、さわっちゃいけない組織を保護します。そしてさらに水晶体に穴をあけ、超音波の器械を入れていきます。これで超音波を発生させて水晶体を砕き、砕くと同時に吸い取っちゃうわけです。こうしたことを顕微鏡を見ながらやっていきます。
──全部吸い終えたら水晶体が入っていた袋だけが残る。そこに今度は人工水晶体のレンズを入れていくわけですね。 気になる費用ですが、工藤先生は約30万円という数字を公示されています。それはだいたい人間の手術と同じぐらいだとか。ただし、動物の手術は全身麻酔でやるわけですし、4~5日の入院が必要になる。それを考えればけっして高いものではないでしょう。しかしながら、白内障手術専用の器械は1台が約1000万、手術用の顕微鏡は1500万もする。こうなると、やはりどこの動物病院にも1台というわけにはいかないのもわかります。
人間の手術よりもはるかに難しい?
レントゲン室
──手術でむずかしいのはどんな点なのでしょう?「犬の目は、基本的に人間が修理できるような仕組みになっていないんです。神様がそういうふうにつくっていない。手術をするために目を傷つけますよね。すると、その傷をふさごうとする自己防衛の反応がみるみる間に起こる。これが手術の邪魔になるので対処しなければなりませんが、そのためには執刀医の他に経験を積んだスタッフが必要になる。だからなかなか一般の動物病院では対応できないわけです。
さらに人間にはあまりないのですが、犬の目を傷つけると光彩などにすごい炎症が起こる。もうひとつ犬の目には構造上の問題もあります。小さい目の中にラグビーボール状の大きな水晶体が入っている。小さいものから大きいものを取り出す方がストレスがかかるわけです。こうした理由から、動物の白内障の手術はけっこうリスクの高いものといえるのです。
──こうしたリスクをすべて回避するためのテクニックと知識、さらには高度な医療器械を揃えなければ最初から失敗は見えていると工藤先生は言います。
私がやっているリスク回避策とか技術的なことは、みんな教科書に書いてあるんですけど、実際にやるとなかなかそのとおりにはいきません。私自身、完全にリスクを抑えるプロトコルをつくるのに10年かかりましたから。もうこんな手術はやめようと何度思ったかわかりません。だけど、そうやって苦しい思いをしていたとき、突然、夜中にあるプロトコルを思いついたんです。バッと飛び起きてそれをメモって、次の手術をワクワクしながら待ちました。はたしてそれが正解だった。そこからですよ、手術の成績が飛躍的に上がったのは。
──専門性の高いプロトコルは門外不出で、獣医療の先進国である欧米の専門医たちも、なかなか口にしないようです。しかし今、工藤先生は、それを誰でも使えるように公にしているそうです。そういう長年の啓蒙活動もあって、少しずつですが眼科に対する獣医さんの意識レベルも上がってきました。
近い将来、各県ごとに1軒ずつ眼科が診れる動物病院ができてくると思います。なぜかというと、メニコンと組んで眼内レンズをつくったときにその普及活動ということで全国各地で講習会を開いたんですね。それを受けた獣医さんが約250人いる。その全員がその後手術の練習を積まれたかどうかはわかりませんが、かりに半分だったとしても120人、その半分でも60人ですから北海道から九州までカバーできる。だから希望は持っています。
犬の目は見えている
院長室
──手術は10歳ぐらいまでなら十分可能だとか。11歳をすぎた犬猫はあまり動こうとせずに寝ていることが多くなります。また少しぐらい見えにくくなったとしても、住み慣れた家で暮らすぶんには支障はありません。なので無理をしてリスクの高い手術をすすめることはされていないそうです。ですが……。
15歳のワンちゃんに手術をしたことがあるんですよ。その子はその後2年も生きました。手術前は寝てばかりで足もよたよたしていたのが、新しいレンズが入ったとたん野山を飛び回るようになったって、喜んだ飼い主さんからお手紙をいただきました。まあよくある話ではないですけど、平均的に見て10歳くらいなら手術をしてもう一度パッチリ目が見えるようにしてあげたいなと思います。
──あまり知られてないことですが、犬は色を識別できるし、よく見えているのだそうです。犬は近眼だという説がありますが、どちらかといえば遠視だと工藤先生は言います。もし、木々の緑も花の赤も、毎日散歩のたびに通る家にいる恋人の毛の色も、自分の寝床の毛布の色もちゃんと見えているとしたら、やはり最後まで見慣れた風景の中で暮らさせてやりたいものですよね。現在、小動物眼科学会が認めた専門医(ディプロマ)は日本に11人。ディプロマの試験は、3年以上の学会活動と講習会の受講実績、さらに難度の高いペーパーテストと実技をクリアしなければならない厳しいものだそうですが、そうしたハードルを越えて、少しでも多くの獣医さんたちが眼科をマスターしてくれることに期待したいものです。
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