ペット医療最前線
Vol.5 耳掃除もやる腫瘍のスペシャリスト 辻堂犬猫病院
院長 堀英也
辻堂犬猫病院 神奈川県藤沢市辻堂元町3-15-30
日本大学獣医学科出身。辻堂犬猫病院勤務。
02年、日本獣医がん研究会が認定する獣医腫瘍科認定医(1種)の資格を取得。
苦手な分野にあえて挑戦
辻堂海岸へと向かうバス通りに面してある辻堂犬猫病院
──東海道線・辻堂駅から海岸へ向かう道を約10分行くと、左手に辻堂犬猫病院が見えてきます。ここは日本獣医がん研究会から認定医の資格を得た堀英也先生が整形外科をおもに担当する樋口剛先生とともに立ち上げた動物病院。地域のペット医療の向上と、求められる専門医療の両立をめざしたいという堀先生に話をお聞きしました。
開業したのは3年前ですから、やっと地域に認知されてきたというのが実感です。それまでは都内と北関東の病院で修行をしながら、麻布大学の信田卓男先生のもとでレジデント(専科研修医)として腫瘍学を勉強していました。腫瘍学を選んだのは、腫瘍がとりわけ不得手だったのと、たまたまタイミングよく麻布の川村裕子先生から腫瘍学のレジデントとして来ないかというお誘いを受けたからです。
──高齢化にともない犬猫のガンがこれほど急増してきているのに、腫瘍の種類の見きわめもままならず、どう対処するべきかもわからないでは開業もおぼつかないなと、当時の堀先生は少なからず不安を感じておられたそうです。近い将来、大学(日大)でアメフト部のチームメイトであった樋口先生と組んで開業をめざしていた堀先生にとって、苦手分野の克服は必要不可欠なことでした。
当時は2人ともサーフィンをやってましたので、開業するなら海の近くにしようとか言っていたのですが、やはり質の高い全科診療に加えて何か強い分野をひとつずつ持ちたいねと。樋口の方は整形外科に心得があったので、ぼくは腫瘍で一歩先んじた治療ができるようにと考えたわけです。
水際でペットをガンから救う
全身をくまなく触ってしこりや出来物、肥満細胞腫の有無を確かめ水際で初期ガンを捕まえる
──麻布大学でのレジデントは2年間。その間に堀先生は、日本獣医がん研究会の筆記試験(診断学&治療学)を2回、面接を1回受けてみごとこれをクリアーし、同研究会の最初の認定医の一人になられました。
試験は筆記とスライドに写った細胞組織の状態を見て、それがどんな種類のガンか、どこまで進行していてどんな治療法が考えられるかなどを答えるというものです。最後の面接試験は、信田先生をはじめ石田卓夫先生や廉澤剛先生などそうそうたる先生たちの前で見立てをし、診断と治療法を答えていくというもので、すごく緊張しました。これには、もちろんそれをどう飼い主さんに伝えるかというインフォームドコンセントまでが含まれていて、実際の臨床にかなり近いものです。
──そうしたきびしい試験をクリアーして苦手分野を克服した堀先生には、自分はこの分野できっとやっていけるという確信が生まれたとか。それまではガンの動物を前にして、さあどうしたものかと困惑するばかりだったのが、認定医の資格を得てからは、自信を持ってこの状態は第何期でこの先どうなっていくか、だからどんな対処が考えられどんな選択肢があるかまでを、きちんと飼い主に伝えられるようになったそうです。
じつはそんなに複雑なことは何もやってなくて、表皮でも口の中でもガンと疑われる腫瘍を見つけたら、細い針を刺して細胞をほんのすこし取り出し、それをプレパラートに延ばして顕微鏡で見るだけのことなんです。そこで良性ならばそれで終わり、疑わしければさらに太い針を使って組織を取り病理検査に出します。これをできるだけ早期にスピーディにやることで、手術や化学療法の効果も治癒率もうんと高くなってくるわけです。
──それはどの病院でもできることだからぜひ実践してほしいと先生は言います。動物が来たら必ず触診をして、身体全体にしこりや出来物や肥満細胞腫がないかをチェックする。そこで何か疑わしいものが見つかったら迷わず細胞診をする。この流れさえできれば、かなり多くのガンの子たちが早期発見・早期治療により救われるはずだということですね。先生はこれを「水際の腫瘍学」と呼び、ペットたちのガンを水際で堰き止めようと呼びかけられています。
いろんな選択肢が出てきたガン治療
パートナーの樋口剛(ごう)先生と。整形外科担当の樋口先生は大学のアメフト部の同期
──ガンとわかったら次の基本的なステップは、手術+放射線治療+化学療法という治療に進むことになりますが、どの組み合わせを選択しどこまでやるかは飼い主の判断が大きく影響します。手術をしたら予後はゆっくり自宅で療養をさせるか、さらに化学療法や放射線治療にまで進むか、あるいは何もしないで静かに過ごさせてやるか、それは獣医師と飼い主とが話し合って決めることになる。そこが人間のガン治療と大きく違うところでしょう。
かつては手術して取ってしまえば終わりという傾向が強かったのですが、今はペット医療の世界でも手術に加えて放射線治療+化学療法をおすすめするのが通常になってきました。放射線治療器には、深度の深いところまで照射できるものと比較的浅いところまでしかかけられないものがあるんですけど、後者の方は一般の動物病院でも導入しているところも増えてきましたし。
──この第二のメスとも言われる放射線治療器については、堀先生の病院でも今後、導入を検討していきたいとのことです。もちろん進行度やガンの種類によって治療内容も変わってきます。血液のガンやリンパ腫は化学療法が中心になりますし、バーニーズやフラットコーデットレトリバーに特有の悪性組織球症などには抗ガン剤がかなり有効だったりするためそれが第一選択になったり、外科手術で取れないときには放射線が優先されることもあるそうです。
ペットのガン治療も進化して、いろんな選択肢が出てきたということです。それをどこまで知って、どんな形で飼い主さんにお伝えできるかが専門医の腕の見せどころであり存在意味だと思います。
──ちなみに犬種別でいうと、ゴールデンレトリバーには頬に特有の腫瘍が見られるし、ビーグルには甲状腺のガン、スコッチには膀胱ガン、シュナウザーには血管肉腫が多く見られるそうです。
動物のQOLを重視する
──専門医としては、できるだけ手を尽くした根治治療に進みたいと考える先生もいますが、それをやっても1カ月か2カ月の延命効果しかないのではあまり意味はない、それよりは動物のQOLを尊重したいと堀先生は言います。その子が何歳か、どんな飼われ方をしているかにもよりますが、獣医師は飼い主の家族でもあるペットを使って実験のようなことをするべきではないという堀先生のスタンスは、大半の飼い主のニーズに合った考え方といえるでしょう。
ぼくの場合、どちらかといえば術後は低用量の抗ガン剤を使って生活の質を維持しながらの穏やかな治療という感じでしょうか。これからは、ターミナルケアとしてモルヒネなどによるペインコントロールなども考えていく必要があるかもしれません。
──まだまだ未知の分野ですが、人間のガン治療で注目されつつある免疫療法や温熱療法を、動物の医療に応用することも一部で始まっているそうです。
免疫療法は、一度血液を抜いて免疫細胞を増やす操作をした上でまた患者の体内に戻すというものですが、まだ大きな成果が上がったという報告はありません。温熱療法も、レジデント時代に効果があった症例の写真を見たことがありますが、まだまだ第一選択とする道は遠いようです。ですが、抗ガン剤の開発をはじめとする最新の治療技術は日進月歩ですから、そうした情報を常時チェックして日常の臨床に反映させていきたいと思っています。
──日本獣医がん研究会には、堀先生のような獣医腫瘍科認定医(1種)の資格を持つ獣医師が15人、さらに2種認定医は86人もいるそうですから、これらの新しい治療法や抗ガン剤の効果についてのデータを集めやすい環境にあるといえるでしょう。そうしたデータの蓄積が動物の医療のみならず、人間のガン治療に応用されることに繋がれば、こんなに素晴らしいことはありません。
腫瘍の専門医に求められる役割の大きさ
──さらに、ガン治療でもうひとつ肝心なのは、家族であるペットが終末を迎えた飼い主のメンタルケアだと堀先生は言います。
ぼくは『診察室から笑って帰せ』という言葉を肝に銘じてるんですね。どんな状態でも、ぼくたちが深刻な顔をしてたら飼い主さんは救われない。へらへらしやがってと言われるのを承知の上で、あえて笑顔でポジティブに対応することにしています。たとえば断脚するしか方法がないとなった時でも、足が1本なくなってもその日からワンちゃんは元気にピョンピョン飛び跳ねて散歩に出ます、だから大丈夫ですよ!と言います。あと、飼い主さんを否定しない。最後まで面倒を見られて、この子はとても幸せだったと思いますよと言うことにしています。
──その一言で、救われる飼い主はどんなに多いことか。ペットロスで仕事に手がつかなくなる人がいることを考えると、獣医師が社会・経済に対して果たすべき役割は大きいともいえるでしょう。腫瘍の専門医は動物の死とつねに向きあっているだけに、こうした飼い主の心のケアや、話を聞いてあげるというセラピー的な仕事がより重要になると堀先生は考えているそうです。日進月歩のガン治療では、CTや放射線治療器などを使った高度医療に加えて、抗ガン剤の専門知識を要する化学療法、そして飼い主の心のケアと、学ぶべきことが山ほどあって日々が勉強とのことですが、この分野ではなにより経験の多さがものを言うと堀先生は言います。
先達の先生たちの診断を見てすごいなと思うのは、このガンはここに浸潤していく可能性が高いとか、こういう広がり方をする特徴があるとか、ガンの性質やクセを知りつくしていることです。だから手術の手際もいいし、どこまで切るかを見きわめるのも早い。ぼくはまだまだだと思いますが、これは経験の積み重ねの差ですから、この辻堂でしっかり症例数を重ねて一歩一歩近づいていきたいと思っています。
──堀先生が腫瘍の認定医であるという噂を聞いて、ならばガンは辻堂犬猫病院にまかせようと紹介されてくる犬猫たちの数も飛躍的に伸びつつあるそうです。海の近くでサーフィンを楽しみながら診療をやっていきたいと考えていた堀先生ですが、いまはすっかり仕事にのめり込み、まったく海に足が向かなくなってしまったとのことでした。
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